何が真実かではなく、何を信じたいか

先日、外反母趾を診てもらった先生に紹介してもらった接骨院へ行ってきました。
そのときのことはこちらに書いています。

靴のインソールを使うと悪化防止になるとススメられ、インソールを完全オーダーメイドで作るかひとまず市販のもので試すか…
お値段が全然違うので迷っていたのですが、ひとまず市販のもので様子を見てみようと思い、紹介してもらった接骨院へ行きました。

インソールは、他でも購入できるのですが、どういうことをポイントに選べばいいか、どれが良さそうかアドバイスがもらえたので、とてもよかったです。さすがカラダの専門家です。

ちょうどその日に、スポーツトレーナーの方がいらしていました。タイミングよく時間も空いていらっしゃったので、カラダの使い方や足の問題からくる他の部位への影響、今のカラダの状態などを診てもらいました。

足が正しく使えていないことからくる、カラダの影響はやはりゼロではなく、今はよくても20年後・30年後に出てくるとか。
「今のうちに来てよかったね。」と言われ、いいタイミングで来たのかな~と思います。
日々できる体幹の鍛え方や姿勢のことなど、意外なこともたくさんあり、有意義な時間になりました。早速毎日寝る前に実践し始めました。そのことは、またの機会に。

そして、本題。
先日、お医者さんには「外反母趾は治らない」と言われました。
でも、接骨院では「毎日訓練していけば治る」と言われました。

さぁ、どっちが本当なんでしょう?
よくあるあるな話だと思います。

私は、両方本当だと思うのです。
冷静に判断すると、各々の立場が違うということ。お医者さんは、理論に基づいた判断をするのが仕事です。接骨院の先生やトレーナーの方は、医者ではありません。なので、可能性としての選択肢も提示してくれる。

どちらも本当ならば、あとは自分がどちらを信じたいか。
という単純な2択で決めるだけです。
私は、迷わず「治る」を信じます。なので、時間はかかるでしょうがコツコツ楽しみながら訓練をやってみようかなと。そのほうが自分が楽しくいられる。良くなるという楽しみも増える。

単純に楽しいほうを選択して良いということ。意外とコレができない人多い気がします。
あれこれ打算で考えない。

そう思える経験として、顔面神経麻痺になったときの先生が、「時間はかかるかもしれないけど絶対治るよ」と言ってくれたこと。
私は単純なので、「あ、そうなんだ。じゃ、大丈夫だ。」と思い、毎日食べる→寝るの病院生活をバカンスだなと思いお気楽にいたこと。

その結果、リハビリすらせずに治り、後遺症もない。
あとから色々調べてみたら、治癒率は30%くらい。通常半年くらいはリハビリを行ったり、後遺症が残ることも多い。

もちろん、他にも年齢的なこととか、治療を始めたのが早かったからとか、色々要因はあったとは思います。
でも、確実にその人の意識の状態は大きく影響する。

病気に限らず、これがすべてのことに当てはまるならば、とても単純な話。
自分が何を選択するか。
自分で選べるのであれば、自分が幸せになる選択をしたいですよね。
そこには、「自分にとっての幸せ」とは何ぞや、というそもそもの定義も必要にはなるのですが。

こうすべき、こうしなくては、という常識論的なものからの選択では、幸せにはなれない。
少なくとも私は。なので、「非常識を選択する」という少しの勇気は必要なのかもしれません。

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