繊細で小さな自分が、素の自分

小さなことで揺らぐ自分を見て、
“こんなんじゃダメだ”という自己否定をやめ、それを受け入れる。

でも、そもそもそんな小さなことにも過敏反応してしまうような
繊細で小さな自分が

素の自分

だと思う。

大人になるにつれて、社会で生きるために身につけてきた”仮面”と”スキル”はたくさんある。
頑張ってきた人ほど、きっとそのスキルは身についていて、
もう”仮面”なのか”自分”なのかすらわからないくらい、一体となっているかもしれない。

その仮面を少しづつ取り除く。
コワイから少しづつ。

時間をかけて取り除いて、ようやく”素”が出てきた気がしている。

小さなことで揺らぐ自分にガッカリしながらも、どこかでホッとしている自分もいる。
以前にはなかった感覚。
“もうこのままでいいや”という半分諦めのような、でもとても力が抜けている感じ。

社会に認められるために、自分ではない誰かになりすます、演じることをやめる。
社会が”正解”ではない。

自分にとっての”正解”に合わせる。
その結果、その場所や社会にいることが居心地悪くなったとしても。

居心地が悪い場所は、きっと自分が本来いるべき場所ではないから。
それを教えてくれているのかもしれない。