”死”は唯一決まっている、確実に訪れる未来

myHandbookを再開して、
“自分のエンディングノートを作るにために参考にしたい”
とご依頼をいただいた方がいました。

私は、エンディングノートを書こうと思ったことはないのですが、年齢関係なく、”自分になにかあったときのために”と書く方もいるようです。
エンディングノートを意識すると、必然的に”死”というものも意識します。

”死”って、なかなか普段の生活では意識しないですよね。
ある程度の年齢になると、必然的にリアルに意識し始めるのだと思います。
私自身も、いつか死ぬし、常々いつ死んでもいいように生きたいとは思っていますが、本当に自分がもう死ぬとなったとき、どういう心境になるのか…想像ができません。

でも、1つ気づいたことがあり

”死”は誰しも訪れる、唯一決められた未来

他の未来はすべて可能性の1つにしかすぎないのですが、”死”だけは可能性ではなく、間違いなくいつか訪れるもの。
そして、どちらかというと”ネガティブな未来”としてイメージしがちです。

私の中では、”死”というと、どちらかというと”過去”を意味しているような気がしていました。
それは自分が”亡くなった人を思い浮かべている”からかもしれません。

でも、過去ではなく未来である。

そして、私の知り合いの音楽家の方がこんなことを言っていたのを思い出しました

どうせいつか死ぬんだから

これは決してネガティブな意味ではなく、ポジティブに捉えた発言。
“どうせ死ぬんだから好きなことやろうよ”
という意味です。

そういう考えを持っているから、この方は音楽家という道を貫いてこれたのかなという感じがしました。プロの演奏家としてやっていくには、やはりそれなりの覚悟が必要ですから。

いつか死ぬ、というタイムリミットがある中で、
自分は果たして本当に自分を最大限に生きているのだろうか?
みなさんもどうでしょう?
まだまだ、使っていない力、発揮できていないものが私はある気がしています。

例え、結果として最大限に発揮できなかったとしても、やってみようと思いチャレンジすること。
それが最終的には、自分を生きれたと実感できることになるのかもしれません。


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