わかってもらえない気持ち

昨日、気持ちの”ゆらぎ”について書きました。
その後、たまたま気になって聴いたポッドキャストから、ヒントが来ました。

その”ゆらぎ”はホルモン云々ではなく、自分の深く奥にあるものからの”叫び声”だったということ。

自分では全く気がついていなかった感情。
私の中では、もうある程度昇華できていると思っていた。
まだ残っているものがあるよということ。

その気持ちとは”わかってほしい”。

確かにそうだなと気がつきました。
よく”わかってもらえない”という想いを感じていることを思い出しました。
特に仕事では。

社内デザイン分野のファーストペンギンとして、試行錯誤しながらここ数年奮闘してきました。
見積りの算出方法から顧客との進め方、社内デザインタスクからコーディングまでのフローやタスクの見直し。
プロジェクト管理まで。
こう考えるとかなり幅広く、大きな視点で改善を行なってきました。
振り返るとそれは自分の血肉となり、ここ数年で大きくスキルアップになったと思います。
本人はただ目の前のことに必死だったのですが笑

でも、やはり”デザイン”というものにまだまだ理解の浅い経営陣、営業などのステークホルダーとの折衝はなかなか大変です。
その状況下で”わかってもらえない”という気持ちは、なかなか変えることができず、まだ燻っているんだなと認識できました。
その気持ちが自分でもコントロールできないような怒りとなり噴出した。

ここでその気持ちを認識できたことで、まずは自分が自分の気持ちを理解してあげられた。
これは小さなことのようで、すごく大きな違いです。

他人に理解されることよりも、自分が自分自身の気持ちに気づき、受け入れてあげられることの方が重要。
それが出来るだけで自分もすごく楽になる。
そして、わかってもらう必要もないと私は思っています。

これは、パートナーシップでも同じ。
自分と異なる人間になにかをわかってほしいと押し付けるのは違う。
異なるからいいと思うんです。
パートナーシップでは、これが理解でき出来るようになってきていたから、余計気がつかなかったのかなと思います。

この”わかってもらえない”感情、そういえば子供の頃から抱えていたなと今気がつきました。
中学校の国語の授業で書いた感想に、先生から”よくわからない”と言われたこと。
すごく気づつき、私の感じているものは他人と何か違うのかも…と思ったのをよく覚えています。

今や、その違う感性こそが自分の財産と思えるようになりました。
そのちょっと他人と違うかもしれない部分を出していくときが来たのかもしれません。

だから理解される必要もなく、いいと思ってくれる人だけに伝わればいいと私は思っています。

今日も最後までお読みいただき、ありがとうございました。
寒くてお天気もいまいちだけれど、少し乾燥が和らぐといいですね。